与ろゐ屋 東京・浅草







霞んだ雲に雨を降らせていた感じの雲が重なりつつも、見上げれば遥かより秋の陽光が、街に輝きを増して降り注いでいた十月前半日曜日の午前中であった。

そんな今日は三日前に仕事で浅草に来て、もう一軒と考えながら実現できなかった、こちらへ行こうと浅草へまた向かった日であった。それだけその日に食したラーメンは、二杯目を寄せ付けなかった。。。

浅草は古くから浅草寺を中心に栄えて来た街で、新興流行地と違って様々なアクセスが可能な街だ。初めて出来た地下鉄は浅草から渋谷を結んでおり、そんな所からも当時の東京と言う都会が推察出来る。現在は多くの海外旅行客や修学旅行生徒を中心に集まる、日本を代表する都内の観光地である。

鉄道はそんな東京メトロ浅草線から、都営地下鉄浅草線に東武鉄道伊勢崎線と、最近開通した第2常磐線構想の中で生まれたつくばエクスプレスも駅がある。海上交通も発達した歴史があり、そんな背景の中で今でも浅草から日の出桟橋・豊洲へ東京都観光汽船の中型船が出ている。

そうした浅草の街の中にあるこちらで、雷門からだと仲見世通りを進んで行き、伝法院通り・仲見世柳通りの十字路を右に曲がって少し進んだ通り沿い右側にある人気ラーメン店だ。

店頭に到着するとそこはやはり人気店で、開店してまだ間もない時間であったが、店内は既に満員御礼で外に五人の待ち客が整然と列を作って待っておられその後ろに着いた。

しばしすると先客の何人かが出て行かれ早めに開店した模様。そんな折りにオーダーの確認があり、あらかじ決めておいた梅しおらーめんに味玉子もお願いした。

そう待つ事もなく店内へ。入り口の前精算レジで代金を支払うと、こちらでは千社札風の食券が手渡される。それを受け取ったらカウンタトップに置いておけば、後はラーメンを待つだけ。程なく到着。

おお、双子の黄身の味玉子に、思わずまず驚いた。その分サイズも大きく、それをまず口にして見ると、これがとても美味しいものだった。

スープは黄金に輝いて、その風合いがたまらない。刻まれた白ネギが散らされ、大きめのチャーシューにシナチクの色の艶がまたいい風情を醸していた。そしてよく熟した梅が、種を除いて置かれていた。

それではと箸入れから箸を取り出して行かせて貰えばそれはもう、美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い。

しみじみとした味わいが怒涛のごとく押し寄せ、それはまるで東映オープニングの大岩に砕け散る波しぶきのように、舌で味わった感動が足のつま先まで響き渡った。

香りの良い国産小麦による中細やや太ちぢれの麺が、またそれだけで一つの世界を創作しており、その食感が味わいとリアルタイムに同時進行している姿は、言うなれば名ドラマーが手のスティックでシンバルを叩き、足のペダルでドラムを叩いて完成するリズムの如く神々しかった。

スープの出汁には、国産良質豚骨に大山鶏のガラ、利尻昆布に鹿児島枕崎産鰹節に鯖節、千葉九十九里産煮干しが利いているそう。

また塩ダレには伊豆大島の自然海水塩が利用されているらしい。そして我に返ってドンブリを見れば、気が付けば完食だった。

六年前に江戸開府四百年を記念して始めた浅草寺ご縁日点心「善玉悪玉」を、毎月18日の観音様のご縁日の日に発売しており、特製チャーシューを春雨入りの焼売の餡で包んで蒸し上げたもので悪玉はこれに辛みを加えているらしい。

浅草生まれの浅草育ちの店主が手掛けるラーメン店で、店主の父親はこの浅草で紳士服業を営んでおられた方だそう。その紳士服店の名前は鎧屋で、その店名を中華そば店で読みだけ同じにして浅草の地に復活させた訳だ。

公式サイトによると、若い頃は商社に勤めるサラリーマンだったそうで、その後脱サラして中華店経営を8年ほどされていたらしい。

或る日ある思いが脳裏に過ったそう。幼少時代実家が多忙な紳士服店だった事から、殆どを外食で済ませておられた。

当時すぐ近くにあった日本蕎麦店で提供していた、ラーメンの味が忘れられなかった事があった。あの蕎麦店のラーメンを提供する店を始めたい。そう思う様になりこちらを開業させたそうで、今年で18年目のこちららしい。

ちなみに近くにあった蕎麦店の名前は長生庵と言うそうで、その店の味こそがこちらのルーツだそう。しかし現在その蕎麦店は、閉店してしまったらしい。

そんな紹介をして来た浅草だけに、初めて日本独自の中華そばが発信されたのもこの地で、明治43年に開業した来々軒がそのお店である。

醤油味のラーメンを初めて提供して来た浅草来々軒だったが、三代目にいわゆる赤紙と呼ばれる召集令状が来て昭和19年に閉店となってしまった。

その浅草来々軒が当時何処にあったのか、実は大変に知りたかった私であった。

そこは何とROXの裏通りを雷門通り方面に向かって行った、すしや通りの入り口の左側の角地で、現在は一階がパチンコ店となっているエンジ色をしたマンションが建っていた。もし今でもあれば、来年は百周年を迎える年だった。

浅草来々軒に係わる当時の資料等を店主は所有しており、今回その店舗があった場所も、店主に教えて頂く事が出来て、その場所の前に立ち周囲を見渡した。

そして単行本で見た事がある、残存する大正時代に店舗前で撮影した、ご家族の記念撮影のモノクロフォトのカメラと同じ位置に立って見た。

撮影された遥か遠い時代に想いを馳せ、木造二階建ての建物に支那蕎麦とある看板の前で、かしこまって立つ御家族の姿を想像して見た。

ちなみにこちらの箸入れの裏側には、そんな浅草来々軒の逸話が、「らーめん発祥の地・浅草」と題して紹介されている。


(左フォト) 梅しおらーめん+玉子/店舗外観/雷門/来々軒跡地 (2009.10.04)


 浅草名代らーめん 与ろゐ屋 (よろいや)  ※公式サイトはこちら

 住所:東京都台東区浅草1-36-7 TEL03-3845-4618 定休日:年中無休 営業時間:11:00〜20:30

 アクセス:東武鉄道浅草駅周辺。雷門からだと仲見世通りを進んで行き、伝法院通り・仲見世柳通り
       の十字路を右に曲がって少し進んだ通り沿い右側にあり。





ショーケースサンプル。



千社札風食券。



伝法院通りアーチを臨む。



仲見世に並んでいた草履。


仲見世通りから浅草寺方面を臨む。


仲見世にならぶ江戸工芸品。


早いもので秋葉原を去って、一カ月がとうに過ぎていた。今日も午後から大手町だが、ふいに浅草の街を歩きたくなり、地下鉄を使って午前10時半頃に到着。最近この街で襲名披露があり、中村勘九郎改め18代目中村勘三郎、林家こぶ平改め9代目林家正蔵が誕生している。まもなく三社祭と言う事で、その準備が始まっていて、そこかしこに提灯がすげられていた。

仲見世に出ると雨避けが取り払われ、修学旅行の生徒さんで賑わっていた。おもちゃ屋をひやかしていたら、スバル360のミニカーを見つけ、思わず買ってしまった。子供の頃、この車の廃車が小学校の通学路から少し歩いた所にあり、運転席で見よう見まねをしたものだった。開店時間の午前11時が近付いたので、こちらの店頭へ足を運ぶ。数分前だったが、引き入れられ素晴らしい対応だった。醤油のらーめんと言った後で、チャーシュー入りにして貰う。程なく到着。

魚介がじんわりと来て、あっさりでよく寝た醤油味。麺が何とも言えない、良い食感で嬉しい。チャーシューも脂多めで良いシフトだった。気がつけば完食。いや、旨かった。精算してお店を出ると仲見世に戻り、揚げたてのあげまんのお店で、ゴマ入りのあげまんを一個購入。店先で口にほおばると、暖かい餡が甘み抑え目で、ゴマが香ばしく衣がサクサクであった。浅草三社祭は、今月20日から22日まで。よろい屋の方に、お祭りを教えて貰うまで忘れていた(おいおい)。
(2005.05.17)



2005.05 ちゃーしゅうめん



2005.05 来々軒が当初あった頃の六区の絵。



2004.01 限定柚子切り塩らーめん


株式会社浅草開化楼を出て、また浅草寺周辺に戻る。それではもう一杯行くかと、こちらに午後三時頃入る。席に座ると「季節のらーめん」というインフォがあった。季節のデザートみたいである。柚子切り塩らーめんとある。限定一日30食。それをまだ大丈夫かお聞きすると、麺箱を覗きながら、「あ、だいじょぶです」との事でお願いする。なぜ麺箱を見たかと言えば、山梨県増穂町産柚子を練り込んだ麺だそうで、なんと大胆な麺な事か。程なく到着。

丼の上には焼いた感じの小さく切った柚子の皮がちょこなんと乗って、柚子と魚ダシの芳香がなんとも甘酸っぱい初恋色の様。魚ダシが初恋と何の関係があるのかと聞かれると身も蓋も無いが、スープはその柚子をADSLと同じ常時接続をしながら、弱塩で濃い魚ダシがじんわりとやって来る。そして麺がごっつい良い。

そんな太い麺でも無いのに、もっちりで舌にまとわりつき、そして何よりフルーティ。柚子だけに、香りを楽しませるだけで無く、舌も楽しませるという、融通も効かせたラーメンでありました。お後がよろしい様で。
(2004.01.23)

開幕400年記念パートU・浅草食べ歩き/大浅草祭記念スペシャル前編】

浅草へ行こう。そうしよう。飛び石でまたお休みの、月末平日金曜日。東松戸駅に出て、北総開発鉄道に乗車して浅草へ向かう。大雨等で本八幡駅行きのバスに遅延が予測される時に度々利用するルートである。乗り換え無しで、直通電車が走り都営地下鉄浅草駅に下車出来る。そんな訳でスムーズに到着する。地下駅を出ると眩しい優しい秋の陽差しが出迎えてくれる。

吾妻橋に行き、きらめく水面をしばしの間眺める。すぐ近くで屋形船が小さい波に揺られ、ギシギシと音を立てる。見上げると、・・・。見上げると、バブルのなごりとでも言いたくなる某ビール本社。景観条例になぜ引っ掛からないと素直に思う。まだ開店していない神谷バーの横を通り仲見世へ行く。都まんじゅうのお店の前を通りこちらに到着。

店内は高校生の方で混んで、一夫婦だけの列に並び待つ。修学旅行だろうか、しばらくしてぞろぞろとお店を後にして行く。こちらのお店は確か7〜8年位前に一度食べ、もう一度行った時に凄い混雑で敬遠してそのままになってしまったお店である。花やしきの帰り道だったかも知れない。浅草は4〜5歳の頃に一度母親に連れられ来た記憶がある。東映まんがまつりの様な映画が目的だった筈である。今でも夢の中でたまに出て来る思い出の地であるが、朝になるとその情景は出て来ない程度の夢だったりする。店内は一気にガラガラとなる。入り口でちゃーしゅーめんをお願いする。ちゃーしゅーめんと大きく書かれた札を貰い、奥のカウンタ席へ座る。後続客が後から後から入って来る浅草の人気店である。程なく到着。

野菜とゲンコツ、鶏の胴ガラのあっさり醤油に、頭とハラワタを取り除き季節によって脂の乗り方が違う煮干しの量を調節するという魚ダシに、良い昆布が入っている優しい味わいである。麺も舌にまとわりつく感覚がたまらない中細ちぢれの旨い麺。近くに専属の製麺屋があり、店主がつきっ切りで過程を見守る特注の麺である事を褒めたらお店の方に教えて貰った。なるほど納得、旨い麺。チャーシューがこれまた薄味の秀逸な肩ロース肉で、しばらくスープに浸して放って置いて後半になってから手を付けると旨くなる仕様のものでとっても美味しい。総括的には平成3年開業の優しい魚ダシの味わいの中に柚子も入り、ベテラン店の域に入ったやっぱり旨いと再認識させられたお店であった。(後編に続く
(2003.10.31)