来々軒 東京・日本橋蛎殻町







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いつ雨が降ってもおかしくない大空が広がるものの、降水確率10%の曇天が予報されていた、八月中旬お盆休み三日目の金曜日だった。

西暦1910年の明治43年、当時東京で一番賑わいを見せていた浅草公園の周辺に、一軒の飲食店が創業した。その名はこちらと同じ店名の来々軒で、創業者は静岡県浜松市出身の尾崎貫一氏と言う方であった。

氏はその以前には横浜の税関職員をしていたが、現在の横浜中華街がまだ南京街と呼ばれていた頃その中国料理店へ足繁く通い、それが来々軒を創業するきっかけとなったらしい。

来々軒は言わばラーメン専門店の先駆けであり、東京ラーメンの元祖の店でもあり、大正初期のメニューにはシナソバの他に、シウマイやマンヂウにワンタンなども並んだらしい。

そんな元祖来々軒は三代目が跡継ぎした頃、太平洋戦争が勃発した関係で昭和18年に一旦閉店を余儀無くされたが、戦後の昭和29年に東京駅から程近い八重洲に移転して再開を果たした。

場所はブリジストン本社と城東小学校の間にあったらしい。

そしてその後の昭和40年には、さらに神田駅南口周辺の内神田二丁目へ再度移転したが、跡継ぎが不在となり残念ながら昭和51年に完全閉店していったのであった。

浅草の来々軒が創業してからほぼ百年が経過しているが、日本のラーメンの基礎を作ったのは来々軒と言っても過言ではなく、東京ラーメンの元祖とした意味でもその功績は大きい。

しかし、どのような暖簾分けがあったのか不明な上に、元祖来々軒は商標登録を失効させてしまった事があった。

その結果ラーメン店の代名詞とも言えた店名により、その店名を使う店舗が増え、現存している来々軒も、まったく関係が無い場合が多いらしい。

しかしこちらの来々軒は多くを語らないが、どこか毅然としたものを前回訪問した時に感じ、百年目が近くなった事もあり、ふと本日また訪問してみたくなり出掛ける事にした。

ちなみに八重洲時代の来々軒に勤務していた方が、千葉県千葉市稲毛区で進来軒と言う店名の中華店を営んでいる。

こちらの店頭には、正午過ぎに到着した。お盆休みで休業も懸念されたが、営業中を知らせる暖簾に、一安心する私であった。

さっそく中へ入ると盛況な混雑する店内が広がっていた。店舗の前の道路は、時折り人とすれ違う程度だけに、そのギャップに驚かされる程だった。

これといったものを決めていなかったが、雰囲気からラーメンと玉子チャーハンに決め、目の前におられた店主らしき方にそれをお願いした。

すると先客のオーダーに食材を増量したのか、ものの数分で玉子チャーハンがやって来た。そこにはよくレンゲが添えられて来るものだが、大皿に指してあったのは何と大きい西洋スプーンであった。

しかも口にして行くと、ご飯と玉子と青ネギと塩だけで作り上げたもので、ところがこれが実に美味しいものだった。何と言う絶妙な塩加減なのだろう。もう美味い美味い美味い美味い美味い。

その美味さにスプーンが止まらないでいると、そこにラーメンもやって来て、さりげない出汁の香りがふわりと来て、思わずその手が緊急停止した(おいおい)。こっちも美味そうだ。

麺は延びてしまうおそれもあり、とりあえずラーメンの方へ行かせて貰えば、やはりそこはもう、いやいやいやいや美味い美味い美味い美味い美味い美味い。

最近ネットでこちらを検索すると戦後まもない創業のようだったが、そのスープの味わいと麺のしなやかな口当たりからして、戦前から営業するお店が持つそんなイメージが浮かぶラーメンであった。

チャーシューは一般的には豚バラ肉だが、こちらは鶏もも肉の風情豊かな部位でこれに圧倒的な良さがあり、そこにまたメンマがやはりいい感じで、チャーハン共々気が付けば完食であった。

精算時に創業年についてお聞きすると、戦後まもない頃では無く、昭和43年に開業した中華店だそう。なるほど店主の御年齢から察すれば、そんな創業の年がぴったりであると言えた。

本日気がついたが、店名看板には英語でチャイニーズレストランと表記してあり、チャーハンを西洋スプーンで食べさせるなど、どこかそれが江戸の粋なイメージにさえも思えたものだった。

玉子チャーハンでも理解できるが、どこか立派な老舗中華店で修行を積まれたのだろう。それで格式さえも感じる美味しさとなり、歴史の重みさえもある風情のラーメンになっているのではないか。

いや、今日も大変に美味しい、ラーメンとチャーハンであった。

(左フォト) ラーメン/玉子チャーハン/店舗外観 (2009.08.14)


ラーメンのお店と言えば、来々軒というくらいにポピュラーな店名だと思う。TVドラマやアニメに出て来るラーメン店と言えば、大抵「来々軒」だった様な気がする。

そんな世代だったりするが、何を隠そう東京に初めて出来たラーメン店こそこの店名なのだ。

ここでは無く浅草にあったそうで、明治43年に創業して昭和51年に惜しまれて閉店してしまったらしい。

昭和40年代の頃のラーメンと言えば単なる大衆食で、食べ物の地位としてもかなり低かった様に思う。大衆から分衆へと言われて久しいが、大衆回帰の一役が、今のラーメンなのかも知れない。

そんな来々軒が水天宮近くにあると昨日知り、早速行って見る事にした。店頭に立つとビルは一度改装したのか、小綺麗だがこちらのメニューの貼り紙が古さを象徴していた。

正午前に入店。右手にカウンタ席と左手にテーブル席で、右手は既に満員。テーブル席に一人で腰掛け、メニューからチャーシューメン大盛850円をお願いする。程なく到着。

鶏の油が滲み出た、しみじみと味わい深い醤油スープで、軽くカン水を感じる低加水気味やわめの細ストレートにスープが絡み、良い風情の旨さのラーメン。

中華そばと言うよりは、ラーメンと呼ばれる様になった頃と言う感じがした。チャーシューが何とも柔らかく大変美味しい。メンマが沢山入って、思わずメンマ!と言いたくなる逸品。

これに具は小口刻みネギだけで、これぞ昭和のラーメンと言いたくなるものだった。

精算して外を歩くと、今日から冬見たいな、12月の出だしに相応しい寒さの小風が、黄色いイチョウの葉っぱを揺らしていた。

いや、旨かった。

(左フォト) チャーシューメン大盛/店名看板 (2005.12.01)


 CHINESE RESTAURANT 来々軒 (らいらいけん)

 住所:東京都中央区日本橋蛎殻町1-38-1 

 定休日:日曜日  営業時間:11:00〜22:00

 アクセス:東京メトロ半蔵門線水天宮前駅下車。6番出口を出たら茅場町方面寄りにある左路地
       を入って進んで行った左側。水天宮斜向かい路地奥。人形町駅からも、徒歩圏内。



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